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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6306号 判決

原告

代田春水

原告

代田実穂

右両名訴訟代理人弁護士

櫻井英司

被告

笹谷敏雄

右訴訟代理人弁護士

松本隆文

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年三月一九日代位弁済によつて取得した原告らと訴外川崎信用金庫間の昭和五〇年四月一八日付金銭消費貸借契約に基づく債務が存在しないことを確認する。

2  被告は原告らに対し、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)につき横浜地方法務局川和出張所昭和五〇年四月二八日受付第一六五一三号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件不動産につき、原告代田春水(以下「原告春水」という。)は持分一〇分の二の、原告代田実穂(以下「原告実穂」という。)は持分一〇分の八の共有持分を有していた。

2  原告らは、原告両名が連帯債務者となつて、昭和五〇年四月一八日、訴外川崎信用金庫(以下「訴外金庫」という。)から左記の約定で一五〇〇万円を借り受けた(以下「本件消費貸借」という。)。

a 利息 年一〇・五パーセント

b 損害金 年一八・二五パーセント

c 弁済方法 昭和五〇年五月から昭和六五年四月まで毎月一〇日限り一一万四三四二円宛(但し毎年六月と一二月は四一万一〇一六円)

d 特約 分割金の支払を三回分以上怠つたときは期限の利益を失い、残額を一時に支払う。

3  原告らは、前項の債務を担保するため、前同日、訴外金庫のために本件不動産につき抵当権を設定し(以下「本件抵当権」という。)、横浜地方法務局川和出張所昭和五〇年四月二八日受付第一六五一三号をもつて抵当権設定登記をした。

4  原告らは、分割金の支払を怠つたことにより昭和五三年八月一一日に本件消費貸借の期限の利益を失つた。右時点での元本残額は一三四九万六一九八円であつた。

5  被告は、昭和五九年三月一九日、訴外金庫に対し本件消費貸借上の債務を代位弁済し、代位によつて訴外金庫から本件抵当権の移転を受け、横浜地方法務局川和出張所昭和五九年四月二日受付第一三八六七号をもつて抵当権移転登記を経由した。

6  しかし、本件消費貸借上の債務は、商事債務であるから原告らが期限の利益を失つた昭和五三年八月一一日から五年を経過することにより時効により消滅した。原告らは本訴によつて右時効を援用する。

7  被告は右時効の効力を争い、訴外金庫から代位によつて取得した債権があると主張している。

8  よつて、原告らは、被告が代位弁済によつて訴外金庫から取得したとする本件消費貸借上の債務が存在しないことの確認を求めるとともに、被告に対し、被担保債権の消滅により本件抵当権設定登記の抹消登記を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実及び同7の事実はいずれも認める。

2  同5の事実のうち、被告が本件消費貸借上の債務を代位弁済し、本件抵当権の移転を受け、その登記を経由したことは認める。被告は、昭和五六年六月四日から昭和五九年三月一九日までの間、別紙代位弁済の明細のとおりに弁済したものである。

3  同6の事実は争う。訴外金庫は商人ではないから本件消費貸借上の債務は商事債務ではない。

三  抗弁

1(時効の中断)

(一)  訴外金庫は、昭和五四年八月一五日、本件抵当権に基づき本件不動産の原告実穂持分につき横浜地方裁判所に対し競売を申し立てた(同裁判所昭和五四年(ケ)第三二三号事件)。これより前、訴外八島外茂(以下「訴外八島」という。)は、同年二月五日、本件不動産の原告春水の持分に設定されていた抵当権に基づき同裁判所に競売の申立をしていた(同裁判所昭和五四年(ケ)第四六号事件)。

(二)  訴外八島は、原告らを代理して原告らの債権者と原告らの債務の整理につき交渉していたが、競売による最低競売価格が低額であつたため、昭和五六年六月四日、被告とともに訴外金庫を訪れ、任意売却することにより本件消費貸借債務を弁済するからと競売の取下を求めた。これに対し訴外金庫は、代位弁済するなら競売を取り下げる旨被告及び訴外八島に対し申し向けたので、被告は、訴外八島の了承のもと原告らの本件消費貸借債務を代位弁済することとし、同日、五八三万七八〇八円を弁済し、翌月以降毎月二〇万円宛分割して支払う旨を約した。その結果、訴外金庫は、同年一二月一二日、競売を取り下げ、訴外八島も同月一五日競売を取り下げた。被告は、昭和五九年三月一九日まで別紙代位弁済額の明細のとおり支払つて原告らの債務を完済した。訴外八島の訴外金庫に対する右競売の取下要請は原告らを代理してなした債務の承認である。

(三)  原告らは、訴外八島に対し原告らの債務を整理することに関して代理権を与えていた。

2(所有権の喪失)

原告らは、本件不動産の所有権を現在有していないから、物権的請求権に基づく本件抵当権設定登記の抹消請求権はない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)の事実は認める。

同1の(二)の事実中訴外金庫が昭和五六年一二月一二日、競売申立を取り下げたことは認め、その余は不知である。

同1の(三)の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、原告らが現在本件不動産の所有権を有していないことは認めるが、その余は争う。第三取得者には時効援用権はないから、譲渡人である原告らに登記抹消請求権が認められるべきである。

第三  証拠〈証拠〉

理由

一請求原因1ないし4の事実及び昭和五九年三月一九日訴外金庫から代位弁済により本件抵当権の移転を受け、抵当権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。

二原告らは、被告が代位弁済により取得した訴外金庫の原告らに対する本件消費貸借上の債務は商事債務であるから期限の利益を失つた昭和五三年八月一一日から五年を経過することにより時効によつて消滅した旨主張し、原告らが右時効を援用したことは記録上明らかである。

ところで、訴外金庫が原告らになした本件消費貸借による貸付行為は、商法五〇二条八号の「両替その他の銀行取引」にあたる営業的商行為と解されるから(信用金庫法五三条)、本件消費貸借上の債務は商事債務と解される。

三そこで以下被告の抗弁について判断するに、訴外金庫が本件抵当権に基づき本件不動産の原告実穂持分に対し、昭和五四年八月一五日、横浜地方裁判所に競売を申し立てたこと、訴外八島が同年二月五日、自己の抵当権に基づき本件不動産の原告春水持分に対して同裁判所に競売を申し立てていたことは当事者間に争いがなく、右事実に、〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

1  原告実穂と原告春水は親子であり、本件消費貸借は住宅ローンとして訴外金庫鹿島田支店が原告らに貸付を実行したものであるが、原告らは、昭和五三年ころには七〇〇〇万円から八〇〇〇万円位の債務をかかえるようになり、訴外金庫に対する返済もできないようになつた。

2  訴外八島は金融業者であり、原告らの債権者の一人であつたが、返済不能に陥つた原告らから頼まれて原告らの債務を整理することになつた。すなわち、原告らは、訴外八島が原告らの代理人として債権者と交渉し、一部を支払うことにより残部を免除して貰うなどする一方、本件不動産をできるだけ高く処分して負債を整理するための権限を訴外八島に与えた。訴外金庫については、昭和五四年二月ころ、原告春水が訴外八島を伴つて訪れ、原告らの代理人と紹介し、以後訴外八島は、原告らの代理人として債務額の減額等の交渉を訴外金庫となしてきた。

他方、被告も金融を行つているものであり、原告春水に債権を有し、本件不動産の原告春水持分に昭和五三年六月二九日、債権額八七六万円の抵当権設定登記を経由しているが、そのころ、右債権を取立に行つて、原告らの代理人としての訴外八島に会い、原告らの負債の状況の説明を聞き、訴外八島と債務整理の方策等を協議し、その結果訴外八島と被告は協同して原告らの債務を整理することになつた。

3  訴外八島と被告は、始め本件不動産を任意売却する方法で債務を整理しようとしたが、本件不動産の原告春水持分には一番抵当権者の訴外金庫をはじめ多数の利害関係人がいて、調整も難しかつたため、訴外八島が原告春水の抵当権者から債権譲渡を受けてその抵当権に基づき競売を申し立て、それを自ら競落することにより、原告春水の持分についた多数の関係人を整理し、そのうえで訴外金庫と協議して本件不動産全体を任意売却することにし、このことの了承を訴外金庫から得たうえ、昭和五四年二月五日、訴外八島が原告の持分につき横浜地方裁判所に競売を申し立てた。その後、同年八月一五日、訴外金庫も原告実穂の持分につき競売を申し立てた。

4  原告春水の持分と原告実穂の持分は一括して競売に付され、一度被告が当初の話し合い通り競落したが、代金納付期日までに競落代金の都合がつかず、再競売に付された。再競売の競売期日の前日である昭和五六年六月四日、訴外八島と被告は、訴外金庫を訪れ、競売の取下か少なくとも競売期日の延期を要請した。これは、本件不動産の最低競売価格が低額であつたため、訴外八島や被告以外の者が競落する可能性があり、そうなつては被告が前の競落で納付した保証金が没収されることになるは勿論、第三者が競落しては訴外八島らが進めてきた債務整理が徒労に終わることにもなりかねないからであつた。

訴外金庫は、これに対し競売を取り下げる条件として原告らの本件消費貸借以外の債務を含めてとりあえず一〇〇〇万円を弁済することを要求したため、被告がこの金を用意することになつたが、結局、七五〇万円しか用意できず、これを訴外金庫に支払つたが(そのうち五八三万七八〇八円が本件消費貸借債務の弁済に充てられた。)、残金は被告が同年七月から毎月二〇万円を原告らに代わつて弁済することを約して、競売期日を延期して貰うことになつた。

5  その後、訴外八島は、競売による債務整理の代わりに滌除の方法により本件不動産の原告春水持分の利害関係者を整理することを考え、そのためには訴外金庫の現に進行している競売を取り下げて貰うことが必要であつたため、同年一二月ころ、訴外金庫に対し訴外八島の考えを説明し、本件消費貸借債務の元本のほか二年分の利息、損害金を滌除金として支払う旨約して競売の取下を求めた結果、訴外金庫は、同月一二日、競売申立を取り下げ、訴外八島も同月一五日、競売申立を取り下げた。そうして訴外八島は、息子の八島秀樹の名前で昭和五七年二月一六日、原告春水の持分の移転登記を経由した。そうして、訴外八島は、滌除権を背景に原告春水の持分に設定された抵当権者らと交渉し、訴外金庫と被告を除く債権者らとは話をまとめ、それらの権利は事実上訴外八島に移転した。

6  一方、被告は、訴外金庫との約束通り毎月二〇万円ずつ弁済していたが、訴外八島に対しては早く本件不動産を処分するよう求めていた。これに対し、訴外八島は、原告らの話から被告の債権額に疑問を持つようになり、債権額が八七六万と登記されている被告の前記抵当権に対し、五〇万円で滌除する旨通知したため、訴外八島と被告との間に、原告らの債務整理をするうえでの利害のずれが出るようになり、互いに対立するようになつた。そのため、被告は、自己の立場を確保する目的で昭和五九年三月一九日、訴外金庫に原告らの本件消費貸借上の債務残額を一括して弁済し、弁済代位により訴外金庫の本件抵当権の移転を受けた(被告がした代位弁済は別紙代位弁済額の明細のとおり)。これに対し、訴外八島も、同年五月一六日、八島秀樹の名前で原告実穂から同原告の本件不動産の持分移転登記を受けた。

7  被告は、これより前の同年四月二〇日、訴外金庫から移転を受けた抵当権で第三取得者がいなかつた原告実穂の持分につき競売を申し立てが、これに対し、原告らと訴外八島は同年八月二日、横浜地方裁判所に対し、被告が代位弁済により本件抵当権の移転を受けたのは違法(その趣旨は不明)であるとして、抵当権移転登記の抹消や競売開始決定の取消を求める訴えを提起した。右訴訟は、裁判所の勧告もあつて直ちに取り下げられ、被告も競売の申立を取り下げた。

四右認定したところによると、訴外八島は原告らの代理人として昭和五三年六月ころから原告らの債権者に対し種々の交渉し、債務の整理を行つていたこと及び被告も訴外八島と協同して債務整理にあたつていたことが認められる。そうして、訴外八島と被告が原告らの債務整理にあたつたのは当然、債務整理により自己の利益を図る目的がいずれにもあつたというべきであるが、原告らは訴外八島に対し、同人が原告らの債務処理につき債権者と交渉するための代理権限を与えていたものと認められる。

そうして、訴外八島が被告とともに昭和五六年六月四日、訴外金庫に対して競売の取下もしくは競売期日の延期を求めたことは、訴外金庫に対し他の方法による弁済を申し出たことにほかならず、右は原告らを代理して債務の承認をしたものと解するのが相当である。もつとも、訴外八島には原告らに対する債権者としての立場や原告春水の持分に対する競売申立人という立場もあつて、訴外金庫に対する競売の取下や競売期日の延期を求めたことは原告らを代理したのではないとみる余地もないではないが、訴外八島は原告らの債務を整理する代理人として訴外金庫に紹介されており、訴外金庫に対する関係では原告らの代理人という形でしか接触する理由はないから(訴外八島が原告春水の持分につき競売を申し立てたことや息子の名前で同原告の持分の移転を受け、抵当権に滌除権を行使することは、いずれも原告らの債務を整理するための方便であり、そのことは訴外金庫にも説明されていたことは前記認定の事実から明らかである。)、訴外金庫側が受け取つたように(証人小林常泰の証言)、訴外八島の前記行為は原告らのためになされたものと解さざるをえないのである。

そうだとすると、本件消費貸借上の債務の時効は昭和五六年六月四日の時点で中断したものと解すべきであるから被告の時効中断の抗弁は理由がある。

なお、原告らの代理人であり、本件訴訟の実質的な利害関係人である訴外八島は、被告とともに途中まで原告らの債務整理を協同して行つていたことは前記のとおりであり、被告の訴外金庫に対する代位弁済が本件不動産を任意売却して原告らの債務整理を図るためのものであつたのであるから、そのためにも原告らを代理して債務を承認せざるをえなかつたのであり、昭和五六年一二月ころ、訴外金庫に対して滌除金として元本全額のほか二年分の利息、損害金を支払う旨申し出て競売申立の取下を求めた行為も債務の承認といえる。なぜなら当時はまだ第三取得者の地位についておらず、競売申立取下後に訴外八島が滌除しようとして取得したのは原告春水の持分一〇分の二だけであり、しかも実際は右持分についても滌除はしていないのであるから(証人八島外茂証言)、滌除は訴外金庫を除く抵当権者らを整理するための方便であつたことが明らかであるからである。

五以上によれば、本件消費貸借上の債務が時効消滅したことを前提とする原告らの本訴請求はその余について判断するまでもなく、いずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官大橋 弘)

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